沈黙の意味

弁護士の仕事

私の隣で依頼者は沈黙していました。
その沈黙はしばらく続いていました。

夫からのハラスメントに耐えられず子どもと一緒に家を出た依頼者は、
その後夫から、子どもとの面会を求める調停を起こされました。

ここは家庭裁判所の調停室。
裁判所とはいえ、ふつうの会議室です。
机を挟んだ向こう側に、年配の男性と女性の二人がじれったい様子で依頼者を見つめています。
この二人は家事調停委員です。
それなりに社会経験を積んだ人が、いわば人生の先輩として調停委員として選ばれています。
直接顔を合わせて話し合うことが難しくなった当事者夫婦や男女の間に入って、互いの意見を相手に伝えながら、調停を進め、まとめる役目を担っています。
当事者は別々の待合室に呼ばれ、交互に調停室に入って、調停委員を通じて協議を進めます。

今、私は、妻であり母親である依頼者の代理人として、依頼者と一緒に調停室にいます。
夫から、子どもとの面会を求められています。

依頼者の沈黙は続いていました。
調停委員はあいかわらずじれったそうな様子で依頼者を見つめています。

沈黙は続きます。

ついに我慢できなくなった調停委員が話し始めました。
「あのね、いい? ご主人に会わせてあげたらどう? お子さんのことを考えればね…」

私は調停委員を遮りました。
「だまってください。今、ご本人が考えているじゃないですか。ご自身で答えを出そうとしているじゃないですか。」

私には、依頼者の瞳や横顔から、迷いながらも懸命に自分の考えをめぐらしている様子が伺えました。
この沈黙は、ただ口を閉ざし、黙りこくっている沈黙ではない。
自分のことを、子どものことを、母親として、どうしていくのが正しいのか。
弁護士のアドバイスをもらいつつも、最終的には自分のことを、自分で決めなければならない。そのために、今、自分自身で答えを出そうとしている。
そのための時間が沈黙という出来事になっている。私にはそう見えました。

再び沈黙が続いた後、依頼者は、ゆっくり話し始めました。

子どもには父親が必要だから、会わせてあげたいと思っています。
でも、これまでの夫の態度や言動を思い出すと、正直つらいです。
でも、それでも、子どもにとっては大切な父親です。。。いちど、会ってもらいます。

沈黙をへて、依頼者は、ご自身で答えを出し、決断されました。
もちろん、調停前に幾度も私と打ち合わせを重ね、私は法律や手続きのアドバイスを行っていましたが、それを踏まえて、最後にはご本人が決断されました。

この沈黙にはどういう意味があったのでしょうか。

私は弁護士として、依頼者の置かれている状況を分かりやすく説明し、依頼者にとってベストな選択肢を示すことを任務としています。
それを受けて、依頼者は決断をしなければなりません。
何が自分にとってベストの解決か、自分の答えは何なのか、それこそ人生を左右しかねない大事な問題であるほど、しっかり時間をかけて、自分の考えを整理し、自分が大切にしているものは何なのかに気づき、決断しなければなりません。
そのために、考えるために、必要なのが「沈黙」です。
沈黙しているとき、依頼者は、口ではなく頭の中で自分と対話しています。
その沈黙という対話に、私はしっかりと伴走しなければなりません。
沈黙という対話の時間を確保し、今、依頼者に何が起きているのかを感じ、気づかなければなりません。
そういう力を、弁護士は、いや私は、持っていなければなりません。
そうであってこそ、私が依頼者の代理人である意味があるはずです。

沈黙の意味。
しっかりとつかみたいです。

※上記のケースは、実際の事案をもとに再構成しています。

ここまで記事をご覧いただきありがとうございました。
少しだけ自己紹介にお付き合いください。
私は企業の顧問弁護士を中心に2007年より活動しております。

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波戸岡 光太 (はとおか こうた)
弁護士(アクト法律事務所)、ビジネスコーチ

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