昔話法廷「カチカチ山」裁判-実刑と執行猶予-

NHKテレビ番組「昔話法廷」(Eテレ)、三匹のこぶたの次は「カチカチ山」でした。

大好きなおばあさんを殺されたウサギが、犯人のタヌキにかたき討ちをしようと、タヌキの背負った薪を燃やしたり、泥舟に乗せて沈めようとしましたが、目的かなわずタヌキは命をとりとめました。

殺人未遂罪に問われたウサギは、実刑か執行猶予か?

裁判員裁判法廷で、検察官は実刑を求め、弁護人は執行猶予を求めます。

ここで、

実刑とは、有罪になった人が刑務所に直行することをいいます。(「懲役◎年」といったりします)

執行猶予とは、有罪だけれど刑務所に直行しなくていいことをいいます。(「懲役◎年執行猶予◇年」といったりします)

同じ「有罪」なのに、どうして刑務所に行く人と行かない人が出てくるのでしょうか?

そして、どうして弁護士はいつも「刑を軽くして!」とアピールするのでしょうか?

そもそも刑罰の目的って何だ?というところから考えてみる必要がありそうです。

それは、二度と同じ犯罪が起きないようにし、犯罪のない社会をつくることです。

では、そのために刑罰はどうあるべきか。

一つの立場は、社会のルールを外れることをした以上、施設(刑務所)に長く入れ、じっくり制裁を与え、しっかり教育するべきだという考え方があります(A)。

もう一つの立場は、人が本来生活するのは社会であるから、罪を償い、学ぶべき場所は社会であって施設ではない。施設に長く入れば、それだけ社会と離れる期間が長くなり、社会に復帰しにくくなる、だから社会内で立ち直れる可能性があればできる限りそれを目指すという考え方があります(B)。

同じ目的なのに、到達するためのルートが正反対です。

富士山の頂上を目指すけれども、登山ルートは東、西とで異なるといった具合でしょうか。

そして法律の世界では、

検察官はAの立場にたち、弁護人はBの立場に立つ、ということで明確に役割分担をしています。

正反対の立場からアピールしあい、両サイドから光を当てあうことで、立体的な富士山が浮かび上がるといった具合でしょうか。

なので、弁護人は「刑を軽くして!だってこの人は社会で立ち直れるんだ。それが犯罪のない社会につながるんだ!」とアピールし、

検察官は「刑を重くして!だって国は立派な施設を用意しているんだ。それが犯罪のない社会につながるんだ!」とアピールするわけです。

真っ向から対立しながらも、同じゴールを目指している。

同じゴールを目指しながらも、正反対のことを主張しあっている。

そういうステージ(法廷)を作り出すことで、被告人のよい面、悪い面それぞれに光が当てられ、結果的に被告人の人間像が立体的に浮かび上がってくる。

そうすると、裁判所は、文字どおり中立公平な立場から、その事件に適切な判決をくだすことができるだろう、そういう仕組みなんですね。

このウサギさんも、おなじ着ぐるみでおなじ表情のはずなのに、

弁護人から質問されているときは、同情したくなる愛くるしい表情に見え、

検察官から質問されているときは、まだ恨みをかかえている表情に見え、 どっち~?と惹きつけられちゃいます。

はたして、ウサギさんの運命やいかに!
http://www4.nhk.or.jp/P3640/

弁護士 波戸岡光太
その思い、前に進める法律家。
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